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201104赤城山(黒檜山)

赤城山(黒檜山)に行った(201104)

何となく、百閒風に書いてみました。

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 JRの武蔵小杉駅が新しくなつてからというもの、鈍行列車だけしかない南武線以外にも、随分と色々な方面に行く列車が止まるやうになつた。例へば、神奈川県の武蔵小杉から湘南新宿ラインに乗れば、そのまま群馬県の高崎までぬらぬらと乗り換えなしで行かれるやうである。かねてより新しいスノーシューエリアを探してゐたこともあり、これを利用して群馬の赤城山に行くことにした。しかし通勤列車だか旅行列車だかはつきりしないのは嫌なので、グリーン車に乗ることにする。高崎は一応首都圏内なので、いくら乗ってもグリーン料金は750円と好都合である。

 三月ぐらいからそんなことを考えていゐたのだが、地震があつたり、ぐずぐずしているうちに四月になつてしまい、スノーシューのシーズンは終わつてしまつたので、アイゼンを持つて黒檜山に登ることになつた。黒檜山は赤城山の主峰で一番高い。同行はいつもの山口君である。

 四月九日の土曜日、元住吉の駅に集合して東急線で武蔵小杉駅に向かう。乗り換え途中で崎陽軒の弁当をそれぞれ買つた。十二時に小杉を出発する湘南新宿ラインのグリーン車の二階に乗り込み、発車するなり弁当を食つたが案外旨かつた。山口君は車掌兼売り子の乗務員から麦酒を買つてゐたが、車掌と売り子の二役の相手を同時にすることになり、こちらの態度も定まらない様な気がして落ち着かない。

 いつもなら高崎辺り迄なら車窓の景色はずつと変わらないので面白くもないが、丁度桜が満開の時分できれいである。これで花見を済ませたことにする。しかし花見をする酔客の姿がやけに少ないのは、全国的に自粛気分になつているのだらう。花は自然に勝手に咲くのだから、酔客がそれに群がるのも畢竟自然の摂理であり、自粛するには及ばないのが本来道理ではないかと思う。

 高崎駅には二時間かかつて到着した。四両編成の両毛線に乗り換えて前橋に十四時半に着いたが、バスの来るまで三十分時間がある。コンビニを探して駅前に出たが、まつたくその類の店が見当たらない。少し歩いてセブンイレブンがあつたので、そこでおやつを買つた。山口君は今度はウヰスキーの瓶を買つた様である。

 前橋駅から赤城山ビジターセンターに行くバスの乗客になつたのは全部で三名だつたが、一人は早くに降りたので、途中から我々の貸切バスになつた。山口君は先ほどのウヰスキーを早速やつている。赤城山に近くなるとぐいぐい高度を上げて、峠の近くになると随分と気温が下がつてきた。この辺りは平らなので冬にスノーシューに来るのに良さそうだと思つた。赤城大沼が見えて少し下ると、十六時に到着した。

 その日の宿は青木別館に取つていたが、場所が分らないので電話をかけると直ぐに車で向かえが来た。宿の場所は大沼の畔である。冬はワカサギ釣りの太公望で賑わうが、四月から禁漁期に入るので客はまた我々二人だけである。三月も地震の後はさつぱり客が来なくなつたとのことである。部屋には炬燵、ストーブが点いており暖かい。

 夕食の前に腹を減らそうと赤城神社まで散歩に出た。大沼の氷は五十センチもあるが、地震の時はひびが入り穴から水が噴出したさうである。神社でおみくじを引いたら大吉だつた。

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 十八時に夕食に降りると、旨さうな寄せ鍋がぐつぐつと煮えていた。それだけでなく、刺身や天麩羅、煮物、酢の物など処狭しと皿が並んでゐる。さらにワカサギのフライまで出てきた。
 「山口君、こんなに食いきれるかね」と云うと、「さうですね、でも我々は年齢の割りに食いますよね、結局全部食いますよ」と云う。結局全部食べてしまつた。山口君は麦酒も飲んで、先ほど部屋でウヰスキーを空けてしまつたのを悔やんでゐた。

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 部屋に戻つて、私も山口君も普段テレビを見ないので折角なのでテレビ鑑賞をすることにしたが、山口君は直ぐに寝てしまつた。今日は貸切なのでゆつくり風呂に入らうと思つて行つたら、宿の人が丁度入つていて、何だかあてが外れてこちらも直ぐ出て来て早々に寝てしまつた。山口君のいびきはいつもより大人しい。これも痩せた功徳だらう。

 次の日は七時前に起きると山口君は風呂に入つてきたと云つて、もう起きていた。朝飯に行きましようと云うので、降りるとまた色々ならんでゐる。山口君はお代わりをしてゐた。

 昨日は雨が降つてゐたが、今日は良く晴れてゐる。八時半頃には黒檜山登山口に着きアイゼンを装着し、急坂を登りはじめた。山口君は私とではトレーニングにならないので、ウエイトをつけて上ると云う。私はトレーニングに来たつもりはなかつたが、それもよからう。雪は可成り少なくなつており、アイゼンが岩を咬む音が耳障りである。それでも北側斜面に回りこむと凍結してゐて、アイゼンが無いと厳しい様である。傾斜もきつい。

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 崖に面した尾根迄登ると傾斜が緩くなつた。猫岩と看板が出てゐたが、猫らしい岩は見当たらない。眼下に昨日の赤城神社や大沼が良く見える。ルートの右側の崖には雪庇が残つてゐる。雪の量も多くないので踏み込むことは無いが、何とは無しに緊張感がある。

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 暫く傾斜の緩い斜面が続くが、直ぐまた傾斜がきつくなり、それを過ぎると黒檜山直下の尾根に出た。左に折れて頂上には五分程で着ゐたが、展望が無いので更に先に進むと少しは上毛の山並が目に入る様になつたが、ガスつていていまいちである。

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 折り返して黒檜山の頂上を過ぎて先ほどの分岐を反対に進むと赤城神社の奥の院と思われる鳥居が立つてゐる。そう云えばバスで前橋の町を通る時に大きな鳥居を潜つて来た。あの大きな鳥居と大沼の畔の赤城神社とこの奥の院がセツトになつてゐるんだらうと思われる。この形式は月山なんかでも見たので、一般的な山岳信仰の形態なのだらう。

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 これを過ぎると下りになり、駒ケ岳への鞍部に差し掛かる。ここにも左右に萌え始めた緑に挟まれて雪庇が残つており、行程中で最も景色が良かつた。冬対春の陣営争いは春が優勢になつて来た様である。

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 駒ケ岳への登り返しは緩やかである。山頂は狭く人が居たので素通りして先に進む。気温が上がり、朝方に比べると随分雪が融けて来て、シャーベット状になつてきた。
 「やあ、僕の靴はゴアなんですが、浸水して来ましたよ」と山口君が云う。「冬用じゃないのかい」「スリーシーズン用なんです。これに着くように十本爪アイゼンを新調したんですよ。でも靴が寿命じゃ一緒でした」

「残雪に 靴濡らしけり 赤城山」

 後は下るだけだが、鉄の階段が付けられてゐて歩きづらいのでアイゼンを外した途端、濡れ落ち葉に足を取られて転んで擦り剥いた。下山したのは出発してから四時間後であつた。宿に戻つて荷物を降ろし、今シーズンなんとか雪山に一回来られて適当な運動が出来たので満足してゐたら、山口君は「物足りないので大沼を一周走つてきます」と云う。風呂に入つてから、持たせて貰つたが持ち帰つて来た弁当を食べて待つて居たら、三十分ぐらいで帰つて来た。随分と体が軽さうで、これも痩せた功徳であらうと思う。

 帰りは予定していたバスより早い十四時前のバスに乗つて、十八時頃武蔵小杉駅に着いた。列車の中で空調を止めてゐるのか暑いなと思つてゐたら、気が付かないうちに随分日焼けをしてしまつてゐて、家に帰つてからも疲労感が続いて参つた。

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