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201205高野山

201205高野山

夜行バス使っての高野山の宿坊に2泊してきた。

和歌山は遠くて飛行機高いので、この「高野山ストーリー」というフリー切符を使ったのだけど、南海線とバスフリーの部分は有効期間が2日で、帰りは使えなかったのにまず付言しておく。
単に堺東駅往復でよかったかもしれない。

5/3の23時、GW後半初日の代々木の高速バス乗り場はごった返していた。
数日前に運転手の居眠りによる夜行バスの大事故が発生したのだが、あまり影響はないようだ。事故の際、運転手が一人だったことが問題になっていたが、バスに乗った直後、運転手の名前が二人分アナウンスされたのでやや安心する。

ようやく寝付いたころ、予定より一時間も早く5時台には堺東駅に到着して降ろされた。和歌山まで行くバスだったので、堺東で降りたのは我々二人だけだった。
時間が早すぎるので、とりあえず近くの反正天皇の古墳(田出井山古墳)を見に行く。この辺は古墳が多く、あの仁徳天皇陵も近い。反正天皇は、wikipediaによると身長3m4cmと古事記に記載されているらしい。むかしの日本人は大きかったんですね。肝心の古墳は横から見るとこんもりした山でしかない。

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反正天皇陵

やっぱり空から見てみたい。DPZで木村さんが飛んでますね。

古墳の帰りに、Fさんが財布がないのに気づいた。ズボンのポケットがあいていたので、バスの中に置き忘れてきたようだ。あちこち電話して無事バスの中に見つかったが、どこかの営業所に取りに行くことになったので、一足先に南海電鉄高野線で高野山に向かうことにし、12時に金剛峰寺前で待合せとする。

高野線は終点の極楽橋行きが少なく、途中で3回ぐらい乗り換えて、さらにケーブルカーに乗ってようやく10時ごろ高野山駅に到着した。ここからバスで市内に入る。

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高野山駅前

観光はFさんがきてから本格的にはじめるとして、まずは胡麻豆腐の有名店「濱田屋」に行く。胡麻も豆腐も好きなので、胡麻豆腐ももちろん好物だ。ここの胡麻豆腐は、「生」胡麻豆腐なので、お土産発送もしてくれるが到着当日が賞味期限である。実家向けに頼んだら、親切にもお店から電話で受取れる日を確認してから発送してくれるとのこと。その場ではわさび醤油で胡麻豆腐を食べた。うまい。ほかに黒蜜なんてのもあった。

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濱田屋の生胡麻豆腐

そこからメインルート沿いに金剛峰寺や壇上伽藍の前を通って、町の端っこの大門を見に行く。特になんと言うこともないが、小雨の中、道中の山桜や若葉の緑がきれいである。

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目に青葉

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大門

大門から戻って、壇上伽藍の根本大塔などを見物。御影堂の蔀戸が渋い。中門の改修工事は中が見えるようになっていて、昔、学生のころ習ったのをなんとなく思い出したりした。金堂では結縁灌頂を受ける人の列ができている。結縁灌頂は今回の目的の一つなのだが、興味本位でイベントに参加しようというのりなので、何をやるのかもぜんぜんわかっていない。

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六角経蔵

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六角経蔵の取っ手のところを持ってまわすと、取っ手の部分が回る。

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中門改修中。中が覗ける。

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御影堂の蔀戸

昼になったので待合せの金剛峰寺でしばらく待つが、Fさん現れず、僕のPHSもなんと入らない。雨も降ってきて寒いし、仕方がないので宿で合流することにして、食事に行く。しかし、GW中なのでどの店も混んでいて、ずいぶん歩かされて、ようやく焼き餅とさば鮨にありついた。食事するところは少ないようだ。宿泊客は朝晩は宿坊で食べるから、儲からないのだろう。

食後、ふとPHS見たらアンテナが立っているので、Fさんに電話して店の場所を伝えてやっと合流できた。財布は無事回収できたとのこと。

壇上伽藍に戻って、結縁灌頂の参加申し込みをしてから、時間まで根本大塔の中に入ったりして見学する。チベットのタルチョーのような5色の旗は同じようで、これって五智如来に対応してるんでしたっけ、みたいな話をする。僕もFさんも、トレッキングでラダックやネパールのチベット仏教寺院は行ったことがあるものの、日本の密教寺院は初めてなのだ。外は雨だが、根本大塔の中は畳敷で落ち着いて時間がつぶせた。あと、GWなので無料だった。

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根本大塔

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東塔。こっちの方が小ぶりだけど好み。

結縁灌頂の時間になったので、金堂に向かう。荷物を預けた後、若い僧侶の丁寧な案内について3列で中に入る。高野山高校の名札をつけた若人も手伝っていた。宗教科というのもあるらしい。お遍路の格好をしたお坊さん一家とみられるガチな人もいる。中に入ると、まず弘法大師の題目を阿闍梨(えらい僧侶)の後について唱えるが、隣のおばあさんは全部覚えてるようで、こりゃちょっと場違いだったか、と若干不安になるが、別にそうでもなかった。

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チケット。ちなみに3000円。

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入場待ちの人々

この後は、詳細に書いてしまうと密教儀式のありがたみが薄れるのであんまり書かないけど、目隠したまま、印を組んで前の人について歩いたり、花を曼荼羅の上に落としたり、結構面白かった。お坊さんが次はこちらです、とか丁寧に案内してくれるので、はじめてでも不自由はまったくなかった。お土産にお守りとか目隠しとか、曼荼羅に落とした花とかをもらって、金堂から出た。出てから、Fさんと健康診断みたいでしたね、次は身長と体重と血圧測定です、みたいな。というような話をする。そういえば、最後に問診みたいにえらいお坊さんの説明もあった。

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いろいろお土産的なありがたいもの

結縁灌頂の後は、普賢院にチェックインする。宿泊棟にはエレベーターまで完備されていて驚く。お寺なのに予約もジャランから出来てしまう時代である。

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普賢院

夕食はもちろん精進料理。もち?と思うと麩だったりして、食材がわりとわからない。汁物が多くて、思ったより満腹になった。

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手前の緑と黄色のが麩だった。

明くる5/4は朝から勤行。6時半に本堂に集まると、30人ぐらい集まっていた。常連の檀家っぽい人から観光の外国人までさまざまである。真ん中に段があって周りが回廊になっている構成は、チベットの仏教寺院と同じである。何千円か供養料を払うと、そのとき特に拝んでくれるようである。

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朝の勤行

お勤めの後、この寺のご自慢の仏舎利を見学。周りにはマニ車まであった。ブッダガヤからパタン、ラサ、上海を経由して、陸路、海路で運んでいたらしい。そのときのアルバムがおいてあって、面白かった。

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仏舎利部屋

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その周りがマニ車の回廊になっている

戻ったら、7時半から朝食。がんもどきが主菜のやはり精進料理である。今日は山歩くので、ちょっと物足りないか。

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朝ごはん。

荷物を預けたら、コンビニ(デイリーヤマザキ)で飲み物を買って、福智院の庭を覗いたりしながら、まずは女人堂に向かう。女人堂というのは、昔高野山が女人禁制だったころに女性が留め置かれたお堂の跡で、堂として残っているのは一つしかないが、往時は各街道からの入り口に七箇所あったそうだ。その七つを結んで高野山を一周するのが女人道で、17kmぐらいのハイキングコースになっている。これを今日と明日の二日に分けて歩くのである。

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福智院の庭。

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女人堂。高野山駅からバスで来るとまずこの前を通る。

女人堂からは登りになっていて、しばらく歩くと弁天様が祭られている弁天岳に着く。ここからしばらく山並みの景色がよい尾根歩きの後、鳥居をたくさんくぐりながら下ると、昨日の大門に到着する。大門から舗装道路を渡って、地蔵堂を過ぎると登りになる。山火事で焼けたという禿山を横に見ながら歩いていくと、熊野方面につながる小辺路の始点である轆轤峠に着く。さらに円通律寺や関電の標識の続く路を過ぎて、奥の院の手前の中の橋に昼ごろ到着した。

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弁天岳

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禿山的なところ

今日はここまでで、写真撮ったりしながらゆっくり歩いて3時間ぐらいだった。細かいアップダウンはあるものの、歩きやすい路だった。おなかが減ったが昼時で混んでいるので、とりあえず甘いものを食べて、先に奥の院を見学することにする。

奥の院は弘法大師が眠る聖地で、戦後時代の大名の墓碑や大戦時の慰霊塔、有名企業の社員慰霊碑など、たくさんの墓碑が立ち並んでいる。信長や秀吉のような超有名人から、しろありの供養塔(しろあり駆除の会社が建てたらしい)まで、丁寧にみていくと面白いのだがきりがない。最後の橋から先は撮影禁止である。高野山名物の和菓子で知られるみろく石を眺めたりして、最後のどん詰まりに弘法大師の廟がある。

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しろあり墓碑

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無縁仏

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伊達政宗の墓

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奥の橋方面

二日目の宿坊は人気の恵光院である。ここは、写経や阿字観という瞑想が無料なのである。ついたら早速、16時半から瞑想場で、数息観という瞑想体験をする。息をカウントしながら瞑想するのだが、カウントは10まで数えたらリセットしてまた1から数えなおす。回数が気になってしまうからだそうだ。また、目はあまり開かず、かといって閉じず、薄目に開けるのも、外界や内的な自意識を気にしないようにするためだという。とはいえ、腹が減ったなあ、などと考えてしまうことはあるので、そうしたら無理に考えないようにするのではなく、広い庭に落ちている小さな石だと思えばよいとのこと。考えないとか、~しない、というのを能動的に行うのは難しいが、昔から長いことやっているだけあって、いろいろノウハウがあるようだ。

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恵光院

夕食は自室で精進料理。基本的にバリエーションは普賢院と変わらない。オレンジがあって、あれっと思ったが、生のものもあまり精進料理では出ないような気がする。生のものと火にかけたもの。肉食以外にも忌避があるのかな、と思った。

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恵光院の晩御飯

高野山大学の通信課程の貼り紙が恵光院に貼ってあったのだが、修士課程もあるらしい。XX概論とかXX特論とか科目は普通っぽいのだが、修士論文のかわりに四国八十八箇所お遍路の体験記でもよい、と書いてあったのが衝撃的だった。

食後、奥の院の夜ツアー(有料)をやっているので誘われたが、昼行ったばかりなので遠慮して、風呂に入ってから宿題(写経)にいそしむ。裏に反転印刷してあるので、それを筆ペンで表からなぞるだけなのだが、妙に達筆だったり、元の漢字がわからなかったりして意外にてこずる。それでも小一時間ぐらいで終わっただろうか。最後に祈願することを書く欄があり、妙に迷ってしまった。後日、拝んでくれるそうである。

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写経(済み)

翌朝、5/5も6時半からお勤め。恵光院では本堂での勤行の後、毘沙門堂で護摩祈祷が毎朝行われる。一人が太鼓をたたいて題目を唱える中、もう一人が小さな焚き火を組上げて祈祷する。僕らが想像する密教のイメージに一番近く、狭い空間でやるので朝っぱらからグルーヴ感も強かった。

またがんもどきの朝食の後、奥の院から女人道の残りを歩く。標識に従い山に入ると、急な登りである。そこから、摩尼山、楊柳山をめぐって、一度車道に出た後、転軸山に登り返す。この三つを高野三山というらしい。

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楊柳山。こういうほこらみたいなのがある。

キャンプ場や森林学習展示館とかの施設があるあたりで雨が降り出し、しばらく雨宿りをする。小降りになったのを待ってカッパを着て歩き出すが、ゴールの女人堂手前で雷が鳴り、雹が降ってきた。後で聞いたら、この日は全国的に天気が荒れて、茨城では竜巻の被害があったとのこと。昼過ぎに女人堂についたらとたんに晴れた。これで高野山一周である。

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赤:二日目、青:三日目

昼は昨日混んでて入れなかった食堂「さんぼう」で精進料理。湯葉の揚げ物がおいしかった。今日はGW最終日で天気も荒れているので店が空いていたようである。

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どこかのお寺 

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食堂「さんぼう」

午後は金剛峰寺の中を見学する。総本山だけあって広々としたお寺である。一番奥ではお茶の振る舞いがあり、お坊さんの説法もあった。枯山水の庭や大きなかまどのある台所など、見るところも多い。

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金剛峰寺

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ごつい海老虹梁

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かまど

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お土産のみろく石を買った店で。

お土産のお菓子を買って、帰りは特急こうやで堺東に戻る。びっくりするほどガラガラだった。乗り継ぎがなくて楽である。
夜は、堺港のスーパー銭湯的なところで時間をつぶしたが、子供が走り回ってたり、露天風呂のTVがついてたり、うるさくていまいちだった。大阪的といえばそうなのかもしれない。
帰りの夜行バスではぐっすり寝られて代々木に朝到着。日程的にちょうどで、予定してたことは全部できて過不足なかったし、結縁灌頂も体験できて満足である。女人道のトレッキングがなかったら、一泊ぐらいでちょうど良いかもしれない。